書の古典

書の古典は手を洗うものだということを痛感した。

手を洗い、手を染めてゆくのだ。真摯に染めれば美しい線を紡ぎ出すことはできるだろうか。

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ここにいる

玄関の扉を開ければ海が広がる場所に私は今居る。

東京では、六畳一間の狭いとも広いともいえない暗い部屋で一人だった。住む場所が変わり、変わり方にも驚いたけれどもそれは同時に予期できない流れの中に私はいつもいて、生きているんだなという実感を新たにしたに過ぎないんじゃないかと思ったりもする。

生きていることの流れの中で、必死にもがいてたゆたいながら、はたまた深く沈んだり、飛び上がったり、私以外の何者かに操られ、動かされたりしながら、今、ここにいることをしっかりと味わいたい。

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佇んで

節目、区切れ、大切なものを落としていってしまう。
落としてから気づく。拾うことはいろんな時のいろんな表情が許してはくれない。
佇むだけだ。そしてまた時の中を歩み通すしかない。振り返ることと取り戻すことは果てしなく離れていて辟易する。真摯に生きていればまたやがて巡ることはあるのだろうか。

今よりも真剣に生きていれば。


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北の国

北の国に帰るのももう少しだなあ。あと一ヶ月しか東京に住めないことを考えるとそれはそれで悲しい気持ちにもなるけれど、物質的に満たされない場所にいることの方が少し落ち着くような気がする。

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走り続ける

論文終わってちっと落ち着く。でも走り続ける。

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